レトリック表現と論理

 以前、雑誌の編集をされている方と取材がてら、お話をさせて頂く機会がありました。その方は、取材する側でありますが、とても謙虚に「一般の方が良いお店を見つける方法がわからないです。どのようにしたら良いんでしょうか?」っとご質問を頂きました。私の場合は、お店を円滑に営業するために薬剤でも、食品でも、良い取引業者を見つける必要があります。それを選ぶ際に正直、失敗することも多々ありました。そこで、最近は取引する相手を文章によってある程度調べて選別することにしています。文章の上手い、下手に限らず、内容が論理的か?真実かどうか?ということを意識しています。

 同時に論理的の対局に位置する文学的表現、レトリックな表現にはとても気をつけています。例えば実体験で言うとこんなことがありました。嗜好品である珈琲はレトリック表現の宝庫です。「ハンドドリップでいれると一番美味しいです。だから飲みに来て下さい。」「こだわって豆をイタリアから取寄せいているから、うちの珈琲は美味しいよ。」結果、どちらも美味しいにはつながりませんでした。前者はフレンチプレスで入れた方がその豆本来のポテンシャルを引出せ、カッピングテストの結果が良好でした。後者は焙煎後、数ヶ月経ってしまった豆は、化学変化を起こして不快感を抱くマイナスの味が出ていました。

 ネット社会となり、如何にキャッチーなタイトルをつけてユーザーを呼込むかの全盛の時代。タイトルでクリック数が変わりますからね。そんな中、真実の情報を見つけていくことは、とても大変な作業です。だからこそ、正しい目で世の中を見据えていく気概がとても重要なのでは無いでしょうか。ありがたいことに技術職はレトリックな表現に耐性があります。結果がすぐ出ますからね。導入してテストをすれば良いんです。ここまで言って何ですが…レトリック表現が必ずしもいけないわけではありません。現にうちのHPを見ていただいてもレトリック表現の嵐です(笑)ただ、TPOがあると思っています。

 要するに何が言いたいかというと…現代社会的に言うとこのタイトル、内容は読まれる対象から外れる確率が高いということです。