全てはエスプレッソの為に

 珈琲において哲学的な考えがその味作りを邪魔することがあります。「珈琲はこだわって手で挽いて一杯一杯ハンドドリップで入れています。」これこそ一般論的珈琲哲学の集約だと思う。少しこだわりを持った一般家庭の素人がいうならまだしも意外にも将来珈琲で身を立てていきたいと思っている人にこういう事を言う人は多い。珈琲の世界の面白い側面の一つに哲学的考えを隠れ蓑にしたレトリック的表現がとても多いことです。

 我々は、手間暇を掛けることが必ずしも良い味につながるとは限らないということを冷静に見るクセを付ける必要があります。ベストの味を出したいのであれば珈琲を挽くのも入れるのも極力機械に任せたほうが良い結果が出ることが多いです。前述の例は美味しさへのこだわりではなく、自分の満足感へのこだわりだと言いかえられます。

 しかし、『面白い』と表現したことには訳があります。邪魔をすると言った反面、あらゆる場面において哲学的考えが必要になってくるからです。珈琲の世界ではなく、絵の世界に例えてレオナルド・ダ・ヴィンチは、より精巧な絵を描くために解剖学まで精通しました。外観を形成するにあたって中身を知ることが大事だと考えたからです。

 珈琲にもこの中身を知るというある種の思考実験や哲学的問答が必要なってきます。「何故、飲まれるようになったのか?」「何故、こんなにもたくさんの人に受け入れられる様になったのか?」「苦いものに何故、魅力を感じるのか?」「何故、砕くのか?」「何故、お湯に浸すのか?」「何故、焙煎するのか?」帰納的思考探索が必要になってくるのですが、その推論の元となる物の質が大切になってきます。手作り=美味しい。オーガニック=体にいい。と言うような推論を導き出しては元も子もないのです。

 良い選択するため帰納的思考探索の質が要求されます。嗜好品である以上、珈琲にも絵にも最高は存在しない。ただ、私達は味に関しては、エスプレッソこそが最高だと位置づけている。万人の道ではなく、我々がどこに向かうのか?は大切です。話せば恐ろしいほど長くなってしまいます。ここでは、過去の経験がそう言っていると申したほうが良い気がします。エスプレッソを抽出する時、誤差は1g以下が要求されます。秒数にしてコンマ5秒以下。当店のマシンはピストンレバーなので蒸らし時間も自由に設定できる。機械も介入できない領域。精度の高い理詰めが必要な抽出方法。珈琲の世界は面白い。